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奈良地方裁判所 昭和31年(行)1号 判決

原告 福井阪次郎

被告 国 外六名

訴訟代理人 藤井俊彦 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、原告の申立

1  奈良県知事が別紙物件目録記載の宅地につきなした買収期日を昭和二四年三月二日とする自作農創設特別措置法第一五条の規定による買収処分の無効であることを確認する。

2  被告国は原告に対し別紙物件目録記載の宅地につき奈良地方法務局昭和三一年三月二六日受附で以てなされた昭和二四年三月二日自作農創設特別措置法第一五条の規定による買収を原因とする被告国のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告河内トラキク、同河内ミツエ、同河内イツエ、同辻川モトエ、同木村キミノ、同老田ヨシエは原告に対し別紙物件目録記載の宅地につき奈良地方法務局昭和三一年三月二六日受附第二二六七号をもつて訴外河内吉三郎のためになされた昭和二四年三月二日附自作農創設特別措置法第二九条の規定による売渡を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

4  訴訟費用は被告等の負担とする。

二、被告等の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の主張

一、別紙目録記載の宅地(以下本件土地と略称する。)は他の一九坪二合とともにもと一筆の天理市大字櫟本九一五番地宅地七九坪として原告の所有にかかるものであるところ、奈良県添上郡櫟本町農地委員会は本件土地を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第一五条に該当する土地として同法に基き、昭和二四年二月二一日買収の時期を同年三月二日とする農地買収計画を定め、訴外奈良県知事は同日右買収計画に基きこれを買収して、同日同法第二九条に基き訴外河内吉三郎にこれを売渡した。

そして奈良県知事は前記七九坪の宅地を分筆の上本件土地につき被告国及び訴外河内吉三郎のため、それぞれ請求の趣旨記載の各所有権取得登記の嘱託手続を了した。

二、しかし本件土地の買収処分には次のような無効原因がある。

1  被買収者である原告は本件土地の買収処分につき買収令書を受領していないから本件買収処分は効力を生じない。

2  昭和二四年頃本件土地につき自創法に基く買収計画があつたので、原告は昭和二四年二月二一日頃櫟本町農地委員会に対し異議の申立をなしたが、右異議の申立に対し何等の決定がないまま昭和二七年五月二二日櫟本農業委員会長中西志一より原告に対し原告の右異議の申立につき実情調査の件と題する書面の送達があり、前同日原告方に数名の農業委員が調査にきたこともあつた。そしてその後前記農業委員会からは原告に対し昭和二九年四月二七日附で原告の右異議の申立につき資料提出並びに出頭方依頼の書面が送達されたので原告は直ちに資料を携え右農業委員会に出頭しその実情を説明したが、結局右異議の申立については何等の決定もなされなかつた。

以上の通り本件土地の買収計画に対しなされた原告の異議申立につき決定を与えることなく本件土地の買収処分をしたのは自創法第一五条、第八条所定の手続に違反するものであつて、本件土地の買収処分はこの点に於ても重大かつ明白なかしがある行政処分として無効なものである。

三、本件土地の買収処分は叙上の如く無効なものであるから被告国は本件土地の所有権を取得するに由ないもので、従つて、河内吉三郎に対してなされた前記売渡処分も亦無効である。

而して、本件土地の買収並びに売渡処分が無効である以上、右買収並びに売渡処分を原因とする前記各所有権取得登記もまた無効で抹消されるべきものである。

四、ところで訴外河内吉三郎は昭和二七年一月一一日死亡し、而しで被告トラキクは吉三郎の妻として、同ミツエ、同イツエ、同モトエ、同ヨシエはその子として、同キミノはその養子として、それぞれ共同して右吉三郎の債権債務を相続した。

五、よつて、被告国との間に於て本件土地の買収処分の無効確認と右買収を原因とする前記所有権取得登記の抹消登記手続を。又他の被告等に対し、右吉三郎の所有権取得登記の抹消手続をなすことを求める。

第三、被告国の答弁

一、原告主張事実中第一項の記載事実はすべて認める。同第二項記載事実中1の事実は否認し、2の事実中原告主張の日時頃、原告から右買収是正の陳情があつたので、農業委員会が昭和二九年四月二七日附で原告に資料の提出と出頭を求め、原告が出頭説明したことは認めるが、その余の事実は否認する。同第三項記載の事実は否認する。

二、原告は本件買収令書が原告に交付されなかつたと主張するが、右買収令書は昭和二四年三月二日の買収期日後遅滞なく櫟本町農地委員会を経由して原告方に持参交付された。

三、仮りに本件買収令書がその頃原告に交付されなかつたとしても奈良県知事は買収処分の確実を期するため重ねて昭和三六年六月三〇日附買収令書を同日原告に交付のため書留郵便に付し、同年七月一日原告においてこれを受領している。かかる場合少くとも右交付の後においては買収による所有権移転の効果が、買収計画において予定し、公告された買収の時期に遡つて生ずるものと解すべきものであるから、本件買収処分には原告の主張するような違法はない。

四、更に原告は本件土地の買収計画に対する異議申立につき、何等の決定のないまま爾後の手続を進めた違法があると主張するが、それは事実と相違する。

すなわち櫟本町農地委員会は本件土地につき昭和二四年二月二一日に同年三月二日を買収期日とする買収処分を定め、これを法定期間公告縦覧に供したのであるか、原告からは何等の異議訴願がなかつたので、奈良県知事は右買収計画につき奈良県農地委員会の承認を得たうえ、本件買収処分を完了したのである。原告の異議申立と称せられるものは前記買収処分の完了後になされたものであつて、これをもつて適法な異議があつたとすることはできない。

よつて原告の請求は失当である。

第四、被告国を除くその余の被告等六名の答弁

原告の主張事実中第一項及び第四項の記載事実は認めるかその余の事実は否認する。本件土地は被告国の主張する通り適法な買収処分により国が原告から買収の上、河内吉三郎に適法に売渡されて同人はその所有権を取得し、而して、被告等が右所有権を相続した。

よつて原告の請求は失当である。

第五、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告主張の一の事実は当事者間に争がない。

二、原告は本件土地の買収令書の交付をうけていないから本件土地の買収処分は無効であると主張するのでまずこの点について判断する。

1  被告等は本件土地の買収期日と定められた昭和二四年三月二日から間もない頃右買収令書を原告に交付したから原告の右主張は失当であると抗争する。而して成立に争のない丙第一、二号証証人竹村俊夫、鎮一男、近藤博良の各証言によると、右の頃の買収令書の交付方法は当該農地委員会の書記もしくは農地委員で被買収地の所有者の近くに居住する者が、所有者方を訪れてこれを交付していた実状で、右交付がなされた証として買収令書送達簿に受領印の押捺をして貰うようにしていたが、必ずしもすべて右受領印をうけていたものでないこと、そして原告の近隣に居住し原告に宅地を賃貸していた鎮一男が右の頃右賃貸宅地を自創法第一五条により買収された際に右の方法で遅滞なく右買収令書の交付をうけたが格別右令書の受領証を出していないこと、原告に対する本件土地の買収令書も所轄農地委員会の手許までは送付されていたことが認められ、右事実からすると原告に対しても本件土地の買収令書の交付がなされたことが推定されるようであるが、成立に争のない甲第一、二号証、証人山中庄之助の証言により成立の認められる甲第七ないし第九号証の各一、二、三(但し官署作成部分については争がない)右山中庄之助、証人藤山一益、中西与志一の各証言、原告本人の供述並びに丙第五号証の一に公告済とあるは誤記であることを被告国に於て認めている事実によると右推定は許されず右の頃原告に対して本件土地の買収令書の交付はなかつたものと認められる。

2  つぎに被告国は右の頃本件土地の買収令書交付がなされたという事実が認められないとしても、昭和三六年七月一日原告に本件買収令書を交付しこれにより本件買収処分は適法有効になされたと主張するので考察するに、成立に争のない丙第六、七、八号証によると原告に対して右主張の日に本件買収令書の交付がなされた事実は明白である。そこで、買収令書は右主張の日より先に既に交付ずみであると主張し右交付のなされたことを前提としてその後の手続を進めながら右交付の事実が疑われるや新たに買収期日と定められた日から一二年を経過して交付手続をとるに至つたところの右買収令書の交付か適法有効であるとして許されるものであるかどうかについて考察を進めるに、右買収令書交付の際には自創法は廃止されていたが、農地法施行法第二条によつて本件土地の買収については自創法所定の手続によるべきところ、自創法第九条によると県知事は農地買収計画につき同法第八条の規定にもとずく県農地委員会の承認があつた後何時までに買収令書を所有者に交付しなければならないかという買収令書交付の期間については何等の定をしていないが、これは買収令書の作成交付を無制限に遅滞させることを容認した趣旨でないことは勿論で、自創法に定めるところの農地解放は早急に進めなければならぬ事の性質上合理的に考えられる相当期間内に買収令書の作成交付がなされることを自創法が予想し期待していることは同法第七、八条の規定からも十分うかがえるところである。併しながら合理的に考えられる相当期間を経過した後に交付された買収令書の効力如何ということは具体的事例に即して考察されるべきで、一般的に言つて、かかる買収令書の前提手続となつた買収計画が右買収令書の交付時に於ても尚適法有効に存続するものとみられ、かつ又買収関係の行政庁に於ても右買収計画を維持する意図

があるものとみられる客観的事情が外部から認識できる場合には、かゝる買収令書の交付も適法有効と解する。而してこの事は一旦なされた買収令書の交付が不適法、無効であると判明したので新たに買収令書の交付をやりなおした場合、或は買収令書の交付をしたものと誤認してその後の手続を進めたが、後に右買収令書交付の事実がなかつたことが判明したので買収令書の交付をした場合であるとによつて結論を異にするものではない。右の場合には一般論として段階的に進められる手続の一が違法無効であるときその追完が許されるかという問題とも関連すると考えられるが、少くとも農地買収手続に於てはその実体的内容は買収計画によつて定まり(買収計画自体について異議、訴願、訴の提起が許されている。)而して買収令書交付のときにその実体的内容実現の効果が将来に向つて発生するのではなくて、買収計画に定められた買収期日にさかのぼつて発生するのであるから、買収計画自体に争のない限り買収令書の新たな交付はそれが買収手続の最終的段階であるという点とも相まつて買収手続体系を著しく狂わせてその不安定をもたらせるものではないから、手続の経済上右の如き買収令書の新たな交付は適法有効なものと解する。

本件についてこれを見るに、奈良県知事に於て本件買収令書は買収期日である昭和二四年三月二日後間もない頃その交付がなされたものと信じ、これにより適法有効に買収処分がなされたことを前提として訴外河内吉三郎に対する売渡期日を昭和二四年三月二日とする売渡処分をなし、而して河内吉三郎及びその相続人である被告等(国を除く)が本件土地を使用していることは前記の通りで、而して成立に争のない甲第四号証及び原告本人の供述によると、原告は昭和二一年五月二〇日本件土地を訴外西城平左衛門から買受けたこと、本件土地は従前から河内吉三郎に賃貸され、同人がこれを使用しており、原告は右買受後昭和二三年度分までは右賃料を右西城を通じて受領し、昭和二四年度分は昭和二五年二月に河内吉三郎から直接受領したが、その後河内吉三郎は賃料を持参せず本件地上に無断で家屋を建築せんとしたので原告は昭和二六年三月一日右河内方を訪れ抗議の申入をしたがその際本件土地が買収されて右河内に売渡されているとの事由で右抗議を拒否されたこと(更に原告は買収された事実を否認し調査を依頼したのに対して昭和二七年五月二二日当時の所轄櫟本町農業委員会委員中西与志一からも右買収、売渡の事実を聞かされたことが認められ而してその後昭和三一年三月二六日本件土地につき右買収売渡の登記手続がなされたことは当事者間に争がない。

以上の諸事実のもとに、奈良県知事に於て本訴の審理状況にてらして、右買収令書の交付がなされたことについて確信がもてず、ために確実を期するために更に買収令書を交付したことは、それがたまたま買収期日から一二年余を経過してなされたものであるとはいえ、本件買収計画にもとずく買収令書の交付として有効と解すべきこと前記理由の通りである。

従つて買収令書の交付がないことを事由とする本件買収書分の無効の主張は採用し難い。

三、次に本件買収計画に対する異議申立につき何等の決定を下すことなくなされた本件買収処分は無効であるとの主張につき考察するに、成立に争のない甲第一号証前記第七号証の一、二、三原告本人の供述によると、原告が本件買収計画につき法定期間内に異議の申立をしたがこれに対する決定が下されなかつた旨の原告の主張事実にそうものがあるが、右書証並びに供述はたやすく採用し難く他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、仮に右主張事実が認められるとしても、それは本件買収処分の無効原因とならぬものと解されているところで、(最高裁判所昭和三四年九月二二日判決、同裁判所判例集一三巻一一号一四二六頁参照)右見解は本件の如く、後に至つても異議申立に対して何等の決定も下されていない場合にも何等変るものではない。

従つて、右主張事由による本件買収処分の無効の主張は採用できない。

四、そうすると、本件買収処分が無効であることの確認を求める原告の本訴請求部分は理由なく、従つて又右の無効であることを前提とする本件売渡処分の無効確認並びに右買収、売渡処分の各無効であることを前提とする右買収、売渡登記の各抹消登記手続請求も理由がない。

五、よつて原告の本訴請求はすべてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 井上三郎 今富滋 石原寛)

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